睡眠は、健康面や生活の快適性を支える欠かせないものです。そして近年では、睡眠の質の向上に多くの人の関心が集まっています。そのような流れの中、ITやAIの技術を睡眠に活用する、スリープテックが注目されています。本記事では、スリープテックの概要や注目されている理由を詳しく紹介するので、ぜひご一読ください。
スリープテックの概要
スリープテックとは「睡眠(Sleep)」と「技術(Technology)」を組み合わせた言葉で、近年注目が高まっている分野です。主に、睡眠の質を向上させるための製品やサービスの提供と、科学的根拠に基づく睡眠状態の分析という2つの領域で構成されています。前者の代表例としては、センサーを内蔵したベッドや電動リクライニング機能を備えた寝具などが挙げられ、ユーザーがより快適に眠れる環境づくりをサポート可能です。後者では、睡眠中の状態を記録・可視化するスマートフォンアプリなどが広く普及しています。
これらのアプリは、ユーザーの動きや音、心拍などのデータを収集し、睡眠の深さやタイミングを分析することで、生活習慣の見直しや就寝時間の調整など具体的な改善行動につなげる役割を果たしています。両者はいずれもIT技術やAIを活用している点で共通しており、科学的データに基づいた睡眠改善が可能です。
スリープテックを理解するうえでは、単に便利なデジタル製品が増えているだけでなく「睡眠を整えるための環境づくり」と「睡眠状態の科学的な把握」という2つの視点から成り立っていることを意識する必要があります。
睡眠の重要性が注目されている理由
近年、世界的に睡眠への関心が高まっており、著名な経営者やトップアスリートが睡眠を重視していることが、大きな話題となっています。ビル・ゲイツ氏やシェリル・サンドバーグ氏、日本では藤井聡太棋士や大谷翔平選手などがその代表例として挙げられやすいです。これらの著名人を通じて、睡眠が心身のコンディションに影響する重要な行為であるという認識が広く浸透しつつあります。このような流れの背景には、睡眠が生産性や経済活動、さらに健康面に大きく関わるという科学的知見が蓄積されてきたことが挙げられます。
睡眠不足による経済損失
特に注目すべき点として、睡眠不足による経済損失の大きさがあります。アメリカのシンクタンク・ランド研究所が2016年に発表した調査では、日本における睡眠不足による経済損失は年間1,380億ドル、当時のレートで約15兆円に上ると推計されています。別の試算では約20兆円とも言われ、GDP比では約2.9%に達するなど、国全体の生産性に深刻な影響を及ぼしているのです。睡眠不足は集中力の低下や作業効率の悪化、居眠りによるミスなどにつながり、個人では小さな問題でも社会全体では甚大な損失となるため、睡眠の質向上が重要視されているのです。
睡眠と心身の健康の関係性
また、睡眠は心身の健康にも深く関わっています。厚生労働省の資料によれば、質の悪い睡眠は生活習慣病の発症リスクを高めるだけでなく、神経系・免疫系・内分泌系など、身体の基礎的な機能にも影響を与えるとされています。睡眠が不足することでストレス耐性が低下し、ストレスが蓄積しやすくなり、結果として不眠症や不安障害、うつ病などのメンタルヘルスの問題を引き起こしやすくなるのです。睡眠不足とストレスが相互に影響し合う悪循環を防ぐためにも、質の良い睡眠を確保することが不可欠といえます。
新型コロナウイルスの流行
新型コロナウイルスの流行によりストレスが増加し、睡眠の質が低下しやすくなったことも、睡眠の質の重要性の認知拡大を後押ししています。睡眠はすべての年代にとって健康維持に欠かせない行為であり、個人の疲労回復だけでなく、社会全体の生産性向上にも寄与します。スリープテックサービス・商品の具体的事例
スリープテックは、テクノロジーを活用して睡眠の質を向上させる分野として急速に発展しており、多様な製品やサービスが登場しています。近年、睡眠への関心が高まっていることを背景に、ウェアラブル端末やアプリ、寝具など、さまざまな切り口から睡眠改善を支援する取り組みが広がりを見せています。ウェアラブル端末
まず、スリープテックの代表的なサービスとして挙げられるのがウェアラブル端末です。リストバンド型や腕時計型のスマートウォッチ、指輪型のスマートリングなど、身体に身に着けるだけで睡眠中の心拍数や呼吸の変化を計測し、スマートフォンアプリを通して可視化できる製品が増えてきました。これらの端末は、睡眠の深さや睡眠サイクルを詳細に把握できる点が特長であり、ユーザーの状態に合わせた改善アドバイスを提供する機能を備えたものも多くみられます。また、いびき対策に特化した端末など、個々の悩みに応えるタイプの製品開発も進んでいます。
スマートフォンアプリ
次に、睡眠を分析するスマートフォンアプリも、スリープテック分野において重要な役割を担っています。アプリでは、就寝から起床までの睡眠リズムを記録し、日・週・月単位で詳細な睡眠レポートを作成するものが一般的です。さらに、寝言やいびきを録音できる機能を備えたものや、レム睡眠を検知して起床しやすいタイミングでアラームを鳴らすものもあり、手軽に導入できる点から幅広い世代に利用されています。企業によっては、こうしたアプリを活用し、従業員の睡眠の質向上を図る「シエスタ制度」と組み合わせて活用する取り組みも見られます。
寝具
さらに、寝具分野においてもスリープテックの活用が進んでいます。従来の寝心地や素材の良さを重視した製品に加えて、利用者の体型を測定し、最適な寝具を提案するサービスや、センサーを内蔵して睡眠中の動きを検知するマットレスなど、より高度な技術を搭載した商品が登場しているのです。また、睡眠中の動きに応じてエアコンの温度や室内の明るさを自動調整する機能を備えたマットレスも注目されています。寝具メーカーと技術系メーカーの提携により、高精度なデータを活用した新しい寝具づくりが進み、多様なニーズに応える市場が形成されつつあります。
スリープウェア
スリープウェア(パジャマ)の分野でも技術革新が進んでおり、遠赤外線効果や血行促進効果を持つ特殊繊維を使用したウェアが登場しています。身体のリラックスを促し、睡眠の質向上を図る商品として高い人気を集めています。サポートデバイス
音や電気刺激などによってリラックス状態をつくり出すサポートデバイスも注目されています。これらは身体に装着して使用するタイプが多く、より良い睡眠環境づくりに寄与しています。アプリ・ゲーム
アプリやゲーム型のスリープテックも、特に若年層を中心に広く受け入れられています。睡眠レポートを作成するアプリに加え、睡眠の質に応じてキャラクターが成長するなどのゲーム性を取り入れたアプリも登場しています。これは、ゲームに熱中しやすいユーザーに対して自然と睡眠への関心を促す仕組みといえるでしょう。
食品
食品分野では睡眠改善を目的としたナイトプロテインやスリーププロテインが人気を高めています。これらは手軽に摂取できるうえ、味付けや栄養成分によって入眠をサポートする工夫が施されている点が魅力です。企業がスリープテック市場に参入するうえで意識すべきこと
近年、スリープテック市場は急速に拡大しており、多くの企業がその活用方法を模索しています。企業がこの分野に関わる方法は大きく分けて二つあり、自社でサービスを開発・提供するケースと、既存サービスを自社内で活用するケースが挙げられます。いずれの場合も、スリープテック特有の課題を理解したうえで取り組むことが大切です。
自社でスリープテックのサービスを開発・提供する場合
まず、自社でスリープテックのサービスを開発・提供する場合についてです。企業は寝具のように睡眠に直接関わる商材とテクノロジーを組み合わせ、新たな付加価値を創出できます。たとえば、センサーを搭載したマットレスや、ユーザーの体調に合わせて温度や照明を自動調整するスマート家電など、睡眠環境全体を最適化する製品の開発が可能です。
また、アプリによる睡眠分析や睡眠リズムの管理を行うサービスも普及しており、ユーザーが自身の睡眠状態を可視化し改善に役立てられる点が強みとなっています。このように、直接・間接の両面から睡眠へアプローチできるため、業界を問わず参入の余地が広がっています。
企業が既存のスリープテックサービスを自社で活用する場合
次に、企業が既存のスリープテックサービスを自社で活用するという選択肢も注目されています。ウェアラブル端末を従業員に支給し、睡眠状態を把握したうえで必要に応じて専門医による診断機会を提供するといった福利厚生の一環としての導入事例が増えつつあります。従業員の睡眠不足は、集中力の低下や作業効率の悪化につながり、生産性にも影響を及ぼすため、企業にとっても無視できない課題です。スリープテックを積極的に採用することで、従業員の健康維持・メンタルケアの強化・パフォーマンス向上など、多方面での効果が期待されます。
一定のコストはかかるものの、長期的には企業全体の生産性向上という大きなリターンにつながるため、導入を検討する企業が増加しています。
スリープテックの課題
一方で、スリープテックにはいくつかの課題が存在することも理解しておかなければなりません。まず、計測データの精度が完全ではない点が挙げられます。睡眠は心身の状態、生活習慣、環境など多様な要因が複雑に影響し合うため、アプリやウェアラブル端末が取得するデータでは十分に捉えきれない可能性があります。
また、必要な睡眠時間には大きな個人差があり、年齢や生活リズムによって最適な睡眠は異なる点にも要注意です。したがって、得られたデータをどのように活用し、どのように改善アプローチにつなげるかについては、専門的な知識が必要となることも多いのが実情です。